ニューヨークから、こんにちは。堀古英司です。

「人生で一番大事なことは何か」。

普段、私はCNBCや日本のメディアで、米国経済の動向や個別企業の決算、あるいは金利の行方についてお話しすることがほとんどです。しかし、30年以上ウォール街という、欲望と恐怖が渦巻く最前線で相場と対峙してきた人間として、この哲学的な問いに対して私なりの「答え」を提示することは、あながち無意味ではないかもしれません。なぜなら、相場とは人間の心理の集合体であり、投資の成功法則は、驚くほど人生の成功法則と重なり合っているからです。

普段のマーケット解説よりも少し長い紙幅となります。少し腰を据えて、私が考える「人生の投資哲学」についてお話ししましょう。

結論から申し上げます。私が考える人生で最も大事なこと、それは**「マーケット(人生)から退場しないこと」、すなわち「サバイバル(生存)」と「理性的楽観主義」の維持**です。


第1章:サバイバルこそが全ての前提である

ウォール街には「相場の世界には、勇敢なトレーダーと、年老いたトレーダーがいる。しかし、勇敢でかつ年老いたトレーダーはいない」という格言めいた言葉があります。

これは、無謀なリスクを取り続ける人間は、いつか必ず破綻し、市場から姿を消すという冷徹な事実を表しています。

私が長年身を置いているヘッジファンド業界や投資の世界では、どんなに高いリターンを一年で叩き出そうとも、翌年に全資産を失ってしまえば意味がありません。ゼロに何を掛けてもゼロです。人生もこれと同じです。

人生における「退場」とは何でしょうか。それは肉体的な死だけではありません。精神的な再起不能、社会的信用の完全な喪失、あるいは情熱の枯渇を指します。

私は2001年のアメリカ同時多発テロ事件の際、ワールドトレードセンターのすぐ近くにいました。あの日、物理的な「死」がどれほど唐突に、不条理に訪れるかを目の当たりにしました。そして、その後のリーマンショックやコロナパンデミックを通して、多くの優秀な投資家やビジネスマンが、たった一度の判断ミスや不運で市場から去っていくのを見てきました。

だからこそ、私が人生で一番大事だと考えるのは、「明日もゲームに参加できる権利を持ち続けること」です。

具体的には、健康(肉体資本)、信用(社会資本)、そして最低限の資産(金融資本)。この3つのどれか一つでも致命的に損なうリスク(破滅リスク)だけは、絶対に避ける。これが「退場しない」ということです。

大成功を収めることよりも、致命的な失敗を避けること。この順序を間違えてはいけません。生き残ってさえいれば、市場(人生)は必ず次のチャンスを運んできてくれます。

第2章:リスク・マネジメントの本質

「退場しない」というのは、決して「何もしない」や「リスクを取らない」という意味ではありません。ここが多くの人が誤解している点です。

金融の世界では、リスクとリターンは表裏一体です。リスク(不確実性)のないところにリターン(成長)はありません。人生において「安全」だけを追求して家に閉じこもることは、インフレ(時代の変化)によって自分の価値が目減りしていくことを意味します。それは、緩やかな死、つまり「座して死を待つ」ようなものです。

私が考える大事なことは、「リスクを管理する」ことです。

良いリスクとは、「自分が理解していて、かつ、万が一失敗しても再起可能な範囲のリスク」のことです。

悪いリスクとは、「中身がよくわからず、失敗したら全てを失うようなギャンブル」のことです。

例えば、新しいスキルを学ぶために時間とお金を投資すること。これは良いリスクです。失敗しても失うのは限定的な時間とお金だけで、得られる経験値というアップサイド(上振れ余地)があります。

一方で、全財産を投じて一攫千金を狙うような投機や、一時の感情で築き上げた信頼関係を壊すような行為。これは悪いリスクです。ダウンサイド(損失の可能性)が無限大だからです。

人生において大切なのは、リスクを恐れることではなく、自分が取っているリスクの「サイズ」と「質」を正しく認識することです。自分の許容範囲を知り、コントロール可能な範囲で果敢に挑戦する。これが、私が考える健全なリスクテイクです。

第3章:損切りの美学と知的誠実さ

投資の世界でプロとアマチュアを分ける最大の要因は何かと聞かれれば、私は「損切り(ロスカット)の技術」だと答えます。

人間は誰しも間違えます。私も数え切れないほど予測を外してきました。相場は常に正しいですが、私の分析は常に正しいわけではありません。

大事なのは、自分が間違ったと気づいた瞬間に、どう振る舞うかです。

プライドが高い人、あるいは現実に固執する人は、「いや、私の考えは正しいはずだ。相場がおかしいのだ」と現実を否定し、損失を拡大させます。これは人生においても同様です。

間違ったキャリアの選択、うまくいかない人間関係、時代遅れになった信念。これらに「今まで費やした時間(サンクコスト)」を理由にしがみつくことは、人生の貴重なリソースをドブに捨てるようなものです。

私が大切にしているのは「知的誠実さ(Intellectual Honesty)」です。

新しい事実が出てきて、自分の前提が崩れたなら、即座に意見を変える。過ちを素直に認め、傷が浅いうちに撤退し、次の機会に備える。

「君子豹変す」という言葉がありますが、朝令暮改は投資家にとって、そして人生の戦略家にとって、恥ずべきことではなく、むしろ生存のための必須スキルです。柔軟性こそが、硬直した強さを凌駕するのです。

第4章:複利という魔法を味方につける

アインシュタインが「人類最大の発明」と呼んだ「複利」。これは単にお金の話だけではありません。人生のあらゆる局面に適用される普遍的な法則です。

良い習慣、知識、そして信頼。これらはすべて複利で増えていきます。

今日読んだ1冊の本が、明日すぐに役立つことは稀かもしれません。しかし、毎日少しずつ蓄積された知識は、ある日突然、点と点が繋がり、爆発的な洞察力を生み出します。

人間関係もそうです。誠実な対応を一つ一つ積み重ねることで、周囲からの「信頼残高」は複利的に増え、困った時に助けてくれる強力なネットワークとなります。

逆に、悪習慣も複利で働きます。毎日の小さな不摂生、小さな嘘、小さな怠慢。これらは最初は目に見えませんが、10年後、20年後に取り返しのつかない「負債」となって襲いかかってきます。

人生で大事なことは、目先の短期的な利益(キャピタルゲイン)を追うことよりも、長期的に積み上がり、複利効果をもたらす行動(インカムゲイン的な積み上げ)を選択し続けることです。

「ローマは一日にして成らず」ですが、ウォール街の富も、人生の豊かさも、一夜にして成ることはありません。時間を味方につける忍耐力を持つこと。これが凡人が天才に勝つ唯一の方法です。

第5章:ノイズからシグナルを見分ける孤独

現代社会は情報過多です。スマートフォンを開けば、SNSには他人のきらびやかな成功談が溢れ、ニュースは不安を煽るヘッドラインで埋め尽くされています。

マーケットの世界でも、毎秒のように新しいニュースが飛び込んできますが、その99%はただの「ノイズ(雑音)」であり、株価の本質的な価値を変える「シグナル(重要な情報)」はごくわずかです。

人生において大事なことは、この膨大なノイズに惑わされない「孤独な思考力」を持つことです。

「みんながそうしているから」「流行っているから」という理由で行動を決めるのは、相場で言えば「高値掴み」の典型です。大衆が熱狂している時は、往々にして相場の天井であり、逆に大衆が悲観に暮れている時こそが最大の買い場であることは、歴史が証明しています。

自分の頭で考え、自分の価値観に基づいて判断すること。

他人の評価軸ではなく、自分自身の「ものさし」を持つこと。

これには一種の孤独が伴います。しかし、その孤独を引き受ける覚悟がなければ、自分の人生のオーナーシップ(所有権)を持つことはできません。

市場の喧騒から距離を置き、静かな場所で「自分にとって本当に価値あるものは何か」を問い続ける姿勢。これが、ぶれない軸を作ります。

第6章:理性的楽観主義(Rational Optimism)

最後に、私が最も重要視しているマインドセットについてお話しします。それは「理性的楽観主義」です。

私は基本的に、世界経済についても、人類の未来についても「強気(ブル)」です。

もちろん、短期的には不況もあれば、戦争もあり、悲劇的な出来事も起こります。株価も人生も、一直線に右肩上がりにはなりません。時には暴落し、低迷する時期が必ずあります。

しかし、歴史を振り返れば、人類はあらゆる問題を解決し、テクノロジーを進化させ、生活水準を向上させてきました。

資本主義経済もまた、問題を解決する企業が利益を得て成長するように設計されています。

「理性的楽観主義」とは、単なる能天気なポジティブシンキングとは違います。

「現状には多くの問題やリスクがある(理性的認識)」ことを直視した上で、それでも「長期的には我々はそれらを乗り越え、より良い方向へ進んでいく(楽観的展望)」と信じる姿勢です。

なぜこれが大事なのか。それは、悲観主義者は往々にして「正しく」見えますが、実際に利益を得て成功するのは楽観主義者だからです。

「もう終わりだ」「世界は悪くなる」と嘆くのは簡単で、知的に見えることもあります。しかし、悲観主義からは何も生まれません。イノベーションも、投資も、挑戦も、すべては「未来は今日より良くなる」という信じる心から始まります。

人生という長いチャートにおいて、今日という日はほんの一部に過ぎません。たとえ今がどん底(ボトム)に見えたとしても、長期的な上昇トレンドの一部であると信じること。その視座を持つことで、目先の苦難に一喜一憂せず、淡々とやるべきことを続けることができます。


結びに代えて:あなたのポートフォリオは何ですか?

人生で1番大事なこと。

それは、予期せぬブラックスワン(危機)に備えて**「退場しない」ためのバッファーを持ち**、

自分の頭で考え、「良いリスク」を果敢に取り、

過ちを認める**「柔軟性」と「知的誠実さ」を保ち**、

日々の良き習慣を**「複利」で積み上げ**、

そして何より、人類と自分自身の未来に対して**「強気(ロング)」であり続けること**です。

お金は、これらを実現するためのツール(手段)に過ぎません。本当の資産は、あなた自身の経験、知識、そして人格です。

私のファンド、ホリコ・キャピタル・マネジメントでは、常にお客様の資産を守り増やすために全力を尽くしています。しかし、私自身の人生というポートフォリオにおいて、最大の投資先は、やはり「自分自身の成長」と「他者への貢献」です。

ニューヨークの空の下より、あなたの人生という素晴らしいマーケットが、長期的かつ力強い上昇トレンドを描くことを願っています。

堀古英司